夏の夕暮れ、突然空が暗くなり、「ゴロゴロ……」と雷が鳴り始める。
さっきまで穏やかだった空気が一変し、強い風が吹き、大粒の雨が降り出します。
雷は、昔の人にとっても恐ろしい自然現象でした。
日本の古典芸能である狂言には、『雷(かみなり)』という作品があります。
この作品では、空から落ちてきた雷様が腰を痛め、人間の医者に治療を求めます。医者は雷様を診察し、鍼を施します。雷様は鍼を怖がって大騒ぎしますが、治療によって腰の痛みが楽になります。
普段は人間を恐れさせる雷様が、このときばかりは人間の医者に助けを求める。
そんな立場の逆転を笑いにした、いかにも狂言らしい作品です。
そして、この「雷」と「鍼」の組み合わせを見ていると、鍼灸師として少し考えさせられることがあります。
それは、人の身体もまた、自然の変化と無関係ではないということです。
東洋医学では、夏の身体をどう考えるのでしょうか
東洋医学では、季節と身体の状態には深い関係があると考えます。
夏は「暑さ」の影響を受ける季節です。
東洋医学では、このような夏の暑さによる身体への影響を「暑邪(しょじゃ)」という言葉で表現します。
「邪」という言葉は少し怖く聞こえますが、ここでは病気を起こす原因となり得る外からの影響、という意味で考えると分かりやすいでしょう。
暑さが強くなると、汗をかきます。
汗は身体の熱を逃がすために重要な働きをしています。
しかし、汗をかきすぎれば、身体に必要な水分や電解質も失われます。
東洋医学では、こうした状態を「津液(しんえき)」という身体を潤す水分の不足という観点から捉えます。
つまり夏は、
暑い
↓
汗をかく
↓
身体の水分が失われる
↓
身体のバランスが崩れる
という変化が起こりやすい季節なのです。
もちろん、これは東洋医学における身体の捉え方です。
現代医学でも、脱水によって体液量が減少すると、循環や血液の状態に影響し、特に高齢者では健康上の問題につながることがあります。
東洋医学と現代医学では表現や考え方は異なりますが、夏に身体の水分が不足しないようにすることが大切であるという点では、日々の養生につながる共通した視点があります。
高齢者は「喉が渇いた」と感じにくいことがあります
介護の現場で、特に意識していただきたいのが高齢者の水分摂取です。
若い頃なら、「喉が渇いたから水を飲もう」と自然に感じます。
ところが高齢になると、喉の渇きを感じにくくなったり、トイレが近くなることを心配して水分摂取を控えたりすることがあります。
その結果、身体の水分が不足していても、ご本人があまり自覚していないことがあります。
さらに、夏は汗をかきます。
夜間も汗をかきます。
冷房の効いた部屋にいても、身体から水分が失われることがあります。
「暑い場所にいなかったから大丈夫」とは限りません。
だからこそ、ケアに携わる方には、
「今日は水分をどのくらい取られていますか?」
「いつもと比べて飲む量が減っていませんか?」
「尿の回数や量に変化はありませんか?」
といった日常の変化にも目を向けていただきたいと思います。
夏と脳梗塞――「脱水」という視点
脳梗塞は冬に多い病気というイメージがあります。
しかし、夏にも注意が必要です。
暑さによって大量に汗をかき、水分が不足すると、血液の濃縮が起こり、血栓形成のリスクが高まることがあります。
特に高齢者では、脱水が進んでいても本人が気づいていないことがあります。
「少し元気がない」
「食欲がない」
「ぼんやりしている」
「ふらつく」
といった変化が、単なる夏バテのように見えることもあります。
しかし、そこに片側の手足の力が入りにくい、顔の片側が下がる、ろれつが回らないなどの症状が加われば、話は別です。
脳梗塞を疑い、緊急に医療へつなぐ必要があります。
「暑邪だから」と決めつけない
ここは、鍼灸師として特にお伝えしておきたいところです。
東洋医学では、夏の暑さによる身体の変化を「暑邪」などの概念で捉えることがあります。
しかし、介護の現場で、
「暑さのせいでしょう」
「夏バテでしょう」
「身体の水分が不足しているのでしょう」
と自己判断してしまうことは危険です。
なぜなら、脳梗塞の初期症状が、夏バテや脱水による体調不良と似ていることがあるからです。
東洋医学の知恵は、身体を観察するための一つの視点として役立ちます。
一方で、突然の麻痺や言語障害など、脳梗塞が疑われる症状が現れた場合には、東洋医学的な判断よりも、まず救急医療につなげることが優先されます。
養生と救急対応は、別のものです。
この線引きを明確にしておくことが、介護に関わる方にとっても大切だと思います。
雷雨の日は「環境の変化」にも注意します
雷が鳴る日は、身体そのものだけでなく、生活環境にも変化が起こります。
急に外気温が下がることもあります。
強い雨で外出ができなくなることもあります。
停電によってエアコンが止まることもあります。
雷を怖がって眠れなくなる方もいらっしゃるかもしれません。
特に認知機能が低下しているご利用者様の場合、突然の大きな雷鳴や停電が、不安や混乱につながることもあります。
介護職の方には、
「雷が鳴っているから何か病気になる」
という捉え方ではなく、
雷雨をきっかけに、ご利用者様の生活環境や身体状態が変化していないか
という視点を持っていただきたいと思います。
そして、もう一つの「雷」――雷鳴頭痛
「雷」という言葉は、脳の病気を考えるときにも登場します。
それが「雷鳴頭痛」です。
雷鳴頭痛とは、雷に打たれたように突然始まり、非常に短時間でピークに達する激しい頭痛のことです。
「こんな頭痛は初めて」
「突然、ものすごく痛くなった」
「今まで経験したことのない頭痛」
このような訴えがあれば、決して「いつもの頭痛」と考えないでください。
くも膜下出血など、緊急の対応が必要な病気が隠れている可能性があります。
また、可逆性脳血管収縮症候群(RCVS)などでも雷鳴頭痛が起こり、脳梗塞などを合併することがあります。
突然の激しい頭痛に加えて、
顔や手足の麻痺
手足のしびれ
ろれつが回らない
言葉が出にくい
意識がおかしい
けいれん
などがあれば、緊急の医療対応が必要です。
鍼灸師が大切にしている「いつもとの違い」
鍼灸の施術では、脈や舌、顔色、声、呼吸、身体の緊張など、さまざまな情報を観察します。
東洋医学には「望・聞・問・切(ぼう・ぶん・もん・せつ)」という診察の考え方があります。
目で身体の状態を観察する。
声や呼吸などを聞く。
お話を伺う。
そして、実際に身体に触れて状態を確認する。
こうした積み重ねによって、その方の「いつもの状態」と「今日の状態」の違いを見ていきます。
介護職の皆様も、実は毎日のケアの中で、同じような観察をされています。
「今日はいつもより返事が遅い」
「歩き方が違う」
「顔色が悪い」
「食事の進み方がいつもと違う」
「何度も同じことを聞かれる」
「言葉が少しおかしい」
こうした小さな変化は、とても大切な情報です。
診断をする必要はありません。
むしろ、
「いつもと違う」ことに気づき、必要なときに医療につなげる。
これが介護職の皆様にできる、とても重要な役割なのだと思います。
夏の養生は、「無理をさせない」ことから
東洋医学の養生では、病気になってから治すことだけではなく、日々の身体の状態を整えることを大切にします。
夏であれば、暑さを避ける。
汗をかきすぎないようにする。
適切に水分を補給する。
睡眠を確保する。
食事を無理なく取る。
そして、疲れを感じたら休む。
特別なことではありません。
けれど、高齢者にとっては、その「当たり前」が難しくなることがあります。
暑さを感じにくい。
喉が渇かない。
トイレが心配で水分を控える。
エアコンを嫌がる。
夜中に何度も起きてしまう。
そうした一つ一つの事情を理解しながら、ご本人に合わせて環境を整えていくことが、夏の養生につながります。
雷様も、最後には誰かの手を借りました
狂言『雷』では、空から落ちてきた雷様が腰を痛め、人間の医者に治療を頼みます。
あれほど恐ろしい存在として描かれる雷様も、身体を痛めれば、自分一人ではどうにもならなくなります。
これは、どこか現代の高齢者介護にも通じるところがあります。
普段は元気なご利用者様でも、体調を崩せば誰かの助けが必要になります。
そして、その変化に最初に気づくのは、毎日の生活を支えている介護職の方かもしれません。
夏の雷が鳴ったときには、空だけを見ないでください。
ご利用者様の表情を見てください。
声を聞いてください。
歩き方を見てください。
水分が取れているか、暑さに負けていないか、そして「いつもと違うところ」がないかを見てください。
東洋医学では、自然と人の身体は切り離されたものではないと考えます。
夏の暑さも、汗も、水分も、睡眠も、食事も、心の状態も、身体の変化につながっています。
だからこそ、季節の変化を感じながら、人の身体を丁寧に観察する。
それは、鍼灸師にとっても、介護に携わる皆様にとっても、大切な「養生」の一つなのではないでしょうか。
ただし、突然の麻痺、ろれつ障害、意識障害、これまで経験したことのない激しい頭痛など、緊急性が疑われる症状があれば、養生よりも救急対応が優先です。
「いつもと違う」――その小さな気づきを大切にすること。
それが、夏のご利用者様を守る第一歩になるのだと思います。

